第10回 生きていることに、理由はいらない

「自分はなんのために生まれてきたのだろう」

そう思ったことはありますか。生きることの意味が見つからない、自分がここにいる理由がわからない。そんな気持ちを抱えながら、毎日を過ごしている人がいると思います。

でも少し考えてみてください。地球上に生きているたくさんの生き物の中で、「生きる意味」を考えるのは人間だけです。犬も猫も、草も木も、生きる意味なんて(おそらくは)考えていません。ただ生きています。

人間も、生き物です。食べて、眠って、それだけで十分なのではないでしょうか。

「生きることの意味」は、それがあることで前向きになれる、いわばお守りのようなものです。お守りを持っていると安心できる。でも、お守りがないと不安になるなら、そもそもお守りなんて最初から持たないほうがいいのかもしれません。

意味を探すことに疲れていませんか。答えが見つからないまま、ずっと探し続けることに、消耗していませんか。

探さなくていいのです。意味がなくても、あなたはここにいていい。生きていることそのものに、理由はいりません。

そう言われても、「生きているだけで十分とは思えない」という方もいるかもしれません。その気持ち、よくわかります。それはあなたが弱いからではありません。社会が持つ「生産性」をはじめとする資本主義の価値観が、いつの間にかあなたの中に入り込んでいるからです。「何かを生み出さなければ」「何かができていない自分はダメだ」。そう思わされている、と言ってもいいかもしれません。

まずそのことに気づくことが大切です。でも、気づけなくてもいい。その価値観から簡単に逃れられないことも、よくわかります。

生きているだけで、あなたは素晴らしい。そう思えない日があっても、それでいい。今日も生きていること、それだけで十分です。「なぜ生きているのだろう」といった問いを抱えたまま、それでも今日を過ごしていること。その問いと向き合い続けていること自体が、あなたという人間の、大切な一部だと思っています。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!